“ひとりでは届かなかった景色”
by 中野麟太朗
みなさん初めまして、中野麟太朗です。
プロ転向やQTなど忙しい中で作成してくれと言われ、適当にChat GPTを使って終わらせていました。しかし、みんなの投稿を見てると自分の文章が手抜き感がすごく結局しっかりと書き直しました。最強世代の先頭を引っ張った(自分で言うのは恥ずかしいけど)自分の4年間です。長いですが、お付き合いください。
入学前
明大中野に中高6年通って、そのまま明治大学へ、、、と思いきや僕は早稲田大学に来てしまいました。来てしまったというより、早稲田大学のスポーツ科学部に行きたいと強く思ったからです。その選択が自分の人生を大きく変えてしまいました。
早稲田大学を選んだ理由の1つはもちろんゴルフ部があったから。中高でのゴルフ部は半分お遊びでしたが、早稲田の部活は規律に厳しくしっかりとしていると話を聞き、厳しい環境の方が成長できそうだからいいかもと甘い考えを持って入部。自分は問題児世代の一員となってしまいました。最強世代?最凶の間違いじゃないかな。
1年
同期の数は最初11人と一見少なく見えますが、その時の男子ゴルフ部は総勢21人と半分以上を1年が占めるという異例の事態でした。この大人数のせいで星の数を超えるミスを連発していきます。先頭を切るのは中野麟太朗。リーダーシップを取ろうと先陣を切って一番最初にミスを犯していくという大胆なプレーを繰り返していきました。1人のミスが連帯責任になるので同期のみんなからどれだけの恨みを買ってたんだろうと考えると今でも眠れません。部活に行くのが嫌になって春休みは1ヶ月ニュージーランドでゴルフ武者修行をする名目で逃亡もしました。
そんな大変な部活の中でも、みんなで真剣に目標に向かって部活に取り組む毎日は新鮮で楽しかった。その当時の目標は春季Bブロック優勝してAブロック昇格で、入部して1ヶ月ちょっとでこの試合はきました。試合に出るレギュラーは8人でそのうち7人のスコア採用という団体戦で個人戦とは違う異様な雰囲気に本番の時はアドレナリンが止まらなかったです。初日のスコアは中央大学と同点、運命の2日目も中央大学との一騎打ちで、お互い譲らず最終組の自分が終わるまで何が起こるか分からないデットヒート、最終ホールで一打ビハインドだった早稲田は自分がチップインイーグルを決めるというミラクルで2日目も同点。8人目のスコアも採用したコメ差で優勝になりました。ホールアウト後、いつも怖くてたまらなかった先輩達や負けを確信していたような顔をしていた同期のみんなが一斉に嬉し泣きしきながら駆け寄ってくる光景を今でもはっきりと覚えてます。団体戦にハマった瞬間はここだと思います。
2年
11人いた同期は2年が始まる頃には今の9人になりました。当時の主将が革命的な部活方針の転換をして、部活の雰囲気がガラッと様変わり。今まで近寄り難い上級生が下級生とのコミュニケーションを積極的に取ってくれるようになり、下級生の自分たちがこうしたらもっと上手くなれるんじゃないか、あのルールやめませんか、とチームとして競技力日本一を目指すにはどうすればいいのかを話し合うことが多くなりました。早稲田大学ゴルフ部のターニングポイントだと思います。
競技面では自分のゴルフ人生が大きく進んだ1年でした。日本アマ優勝。アマチュア最強の称号を大学2年で獲得してしまいました。関東アマ地区決勝でしれっと80を打って予選落ち、日本アマ予選という1発逆転大会に出場してやりすぎの8アンダーで通過し日本アマに乗り込みました。本戦はトントン拍子で3日目終わって首位に立ち、最終日も最終ホールをパーで終われば優勝という状況、少し狭いホールで握ったのは自分らしくドライバーを選択、最終日キャディをしてくれた同期の竹原もアイアンで刻めばいいんじゃないかと目で訴えてくれてたのを振り切って打ちました。見たこともないくらい高いチーピンでした。林に入って結局ボギーでプレーオフ。プレーオフを勝ってなかったら笑い話にはなってなかったです。
この結果のおかげでナショナルチームに選ばれ2年間にわたる怒涛のゴルフ生活が幕を開けました。
3年
新学期が始まると学生の試合はもちろん、プロの試合に推薦をいただいたり、海外試合の派遣もしてもらえるようになって部活の記憶がほとんどありません。後輩からはレアキャラ扱いされるようになり、同期の恋愛事情を自分だけが知らないみたいなことも増えました。新人監督を上野と一緒に任命されましたが、部活に行けない自分がやることはなく上野が90%くらいやってくれました。
この年から最強世代と言われるようになったと自分は思います。全国大学対抗戦で優勝して日本一。早稲田大学ゴルフ部創部初の快挙でした。今まで自分はよくエースと言われてましたが、この大会は6人のメンバー全員がエースの働きをして勝ち取りました。最終日はいつも通り最終組を任され、ウイニングパットを打たせてもらえたのはみんなのおかげです。団体戦では華々しい結果を残す反面、個人としてはパッとしない結果が続きました。上手くいかないことが続いて悩みまくって初めての怪我も体験。この年は一緒にニュージーランドで武者修行した竹原(青木がいたのも忘れてないよっ)が無双し試合でほとんど勝てなかったのを覚えてます。2年の日本アマ最終日にキャディを頼んでから覚醒しちゃったのかなと少し後悔。竹原を始めとした周りの部員達も躍動する1年で、負けてられないなと今度は自分が火をつけてもらいました。
4年
監督に「麟太朗しか主将はできない」と言われてしまい主将就任です。ゴルフ部史上初の部活に行けない主将が誕生してしまいました。春休み恒例の海外修行を終えて帰ってきたのは新学期が始まってから2週間後。新1年生が10人も入ってきて顔と名前を覚えるのに苦戦したり、連絡が遅いと後輩からクレームの嵐が巻き起こったりで相変わらずのダメっぷりだったなと。主将の仕事も仲間に分担してもらったり支えてもらいながら主将を務めることができました。主将方針として2度目の日本一、リーグ戦優勝を目指し、春リーグは2位でしたが1位の東北福祉と50打差、全国大学対抗戦も日大に惜敗で2位、秋リーグではあわやBブロック降格の危機の5位とパッとしませんでした。有終の美を飾りたかったですが、そう上手くいかないのもいいなと思うくらい充実してました。
支えてくれた同期、背中を追わせてくれた先輩、全力でついてきてくれた後輩、いつも献身的なサポートをしてくださった監督・コーチ・OBOGの皆様。
この4年間で出会ったすべての人に、心から感謝しています。
新入生のみなさんへ
大学生活、特に体育会での4年間はあっという間の言葉では足りないくらい一瞬で過ぎます。
結果が出ることもあれば、思い通りにいかない日も必ずあります。
でも、どんな瞬間も逃げずに向き合い続けることで、
必ず自分の力になります。
ゴルフは個人競技だけれど、大学の4年間は仲間と戦う特別な時間です。
苦しいときは同期を頼り、嬉しかったときは分かち合いましょう。
大学で過ごす4年間がみなさんにとって
「ここで良かった」と胸を張れるものになることを願っています。
これからの活躍を楽しみにしています。












次回ラスト9人目は、村山純平(商・桐朋高等学校)です。



